鹿島アントラーズを応援するサッカーコラムです。
2015シーズンは鹿島アントラーズにとって収穫のシーズン。

ブラジル人獲得こそ失敗くさいとはいえ、柴崎が残留し、戦力の厚み増し、前途洋々。

公式SNSもスタート。昌子や高崎といった選手は自らツイッターでメッセージ発信してくれる。

J's GOALが無くなったものの、その分、GELマガが頑張ってくれている。

各々サポーターによるブログやツイッターも活発。

そうなれば、今シーズンは弊ブログはサボりまくりが良いと見立てていた。

アントラーズが勝ちまくり、広報活動も順調なら、私はただただ応援して勝って喜んでいるだけにしたい。

「やったぁ!」「ありがとう!」の一言で済ませたいのであって、そういう風に喜びの瞬間を表現するなら、ブログよりツイッターやフェイスブックの方が遥かに向いている。

勝ち試合の翌日になってから、ブログ上に「やったー!」とか書いても、どうにも間が抜けているものだ。

そもそも、今年はACLまであって、ゆっくりブログを書いている時間が少ない事情もある。

…と思っていたところで、いきなり文句を書きたくなるような試合を目の当たりにさせてくれるとは、さすがはドラマチックな鹿島アントラーズ。こういうこともあるから、一つのクラブを応援し続けることは面白く、味わい深い。

自分とは比較にならないほどサッカーが上手い選手たちに文句を書くのは、本来なら気が引けることであるも、

一観客として、あんまり悪いプレイには一言物申したくなる。

それでも、次のソウルでの試合。

アントラーズ選手たちが反発力を発揮し、文句を言わせない試合を実現してくれるとも思っている。
サッカーファンの趣味としての選手評。その上で、個人的なポイントいくつかまとめ。

【好き嫌いを作らない】
基本的には、選手の好き嫌いを作らない方が良い。

所属選手全員への愛情を秘めつつ、なるべく公平に見ることが理想。私個人的には、その方が気楽に楽しめると思う。

ただ、人間なので、特別に贔屓したい選手が出てくることはあるだろうし、好きな選手からポジションを奪う選手が出てくれば憎たらしくなることもあるだろう。

その場合でも、「好きな選手のミスに甘く」「嫌いな選手のミスには厳しい」とならないよう、最大限に気を付ける。

また、指摘するのは、あくまでミス(行為)に対してであって、選手(人格)に対してではないという心掛けも大事だと考えている。

【淡々と】
インターネット上でヒートアップした議論するのが趣味の人ならまだしも、

私はそうではないので、通常は、淡々と、いいプレイを褒め、悪いものは悪いと指摘するにとどめている。

また、一見するとミスに見える場合でも、サッカーの場合、相手が正しいプレイをしてミスを誘った場合が多い。日本でプロになるレベルの選手は、相手がいなければそうそうミスなどしない。

選手の悪いところしか見つけられない場合、それは選手が悪いというよりかは、

自分自身の観察眼が足りないだけと考えるようにしている。
さて、ひさびさに「サッカーブログの書き方」シリーズ。

今回は弊ブログでは設置していない「ブログのコメント欄」について。

コメント欄を設置するメリットとデメリットを述べておきたい。

【メリット】
まず、メリットから。

・賛同のコメントによって、書き手のヤル気が出ることがある。

・意見交換によって、新たな気づきを得ることができる。

・情報間違い、誤字脱字を指摘してもらえるので、より正しい文章に素早く修正できる。

・SEO(グーグルやヤフー検索での上位表示)の上で、たくさんコメントが付くと有利とされていた時代がある。

【デメリット】
次にデメリット。

・書き手によっては否定的なコメントを受けてヤル気がなくなったり、カッとなってしまう可能性がある。

・意見交換が悪い方向に転じて非難合戦になることがあり、多くの人にとって不快→見る価値のないコメント欄(例としてヤフーのニュースコメント欄)に成り下がる場合がある。

・スパム(主に他サイトへの誘導)コメントが付き、誘導された人が被害を受けることがある。

【管理者としての経験】
管理者のバランス感覚と、かける時間によって、デメリットを最小化し、メリットを最大化することはできる。

私も自分の専門分野のサイトではコメント欄を設置していたことがあったのだけれども、コメント対応に時間をかけていたので、まず荒れることがなかった。

たまには食ってかかってきた方もいたが、コメントのやり取りの末に納得していただけた。

ただ、現在では意見交換ツールとしてツイッターなど、より便利なものがある。

よって、ブログコメント欄の設置意義が薄くなっている。

【鹿島は人気】
このブログは開設当初からコメント欄を置いていないが、

そもそも、私のアントラーズに対する興味は尽きることがないので、自分のヤル気は人のコメントに左右されない。

また、アントラーズには絶大な人気があるため、アクセス数が多くなることが想定された。

実際にその通りになり、現在では試合のない日でも3000人近く、試合翌日には4000人前後の訪問者に来ていただいている。

アントラーズには観客動員数以上の需要がある。

通常のサイトであればコメントする人は多くないので、丁寧にコメント対応できる。

返信もできるし、返信しないまでも人を傷つけるようなコメントやスパムコメントを非表示にする作業ができる。

それができないのなら、設置しない方がいいという考え方でいる。

これからサイト運営を始める方であれば、

コメント対応するだけの時間とヤル気があればコメント欄を設置して良いし、

そういったものがないのであれば、特に設置する必要性は見当たらない。

最初は設置しておいて、コメント数が増えてきたら欄を閉じるでも良いかと思う。
今日は自分でブログ書くのが完全に面倒くさいので、他の人の力を借りることにした。

困った時のブログ村ランキング。

ここ数年、完全に書く専門になってしまっており、ひさびさのランキング&他ブログチェック。

これが、いやはや…。

驚いた。

ブログ村における鹿島系ブログの勢力が凄いことになっているのだ。

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ランキング上位の多くを鹿島アントラーズ系ブログが占めている。

他Jクラブ系ブログはもちろん、日本代表系ブログを差し置いての上位独占。

全部は読めなかったけれど、さすがに上位ブログは面白くて上手い。熱心にアントラーズを応援されており、それぞれ人柄の良さも伝わってくる。

私も一ブロガーであるので、ネタがない時期の運び方には感心させられた。ウホウホとゴリラネタ引っ張ってるだけじゃダメなんだな…と目から鱗。

ちょっと昔まで鹿島系ブログと言えば「鹿島アントラーズ原理主義」さん(※鹿島ブログ界のゴルゴ13として現在も活躍中)と「中原の鹿」さん(※正統派中の正統派ながら、現在お休み中)の2つしか一線級ビッグブログがなかった。

当時、ブログ村鹿島アントラーズカテゴリーにも登録50ブログあるかないかだったと記憶している。現在は140ブログを超えており隔世の感がある。

この盛況ぶりは喜ばしくもあり、頼もしくも思う。

やっぱり、鹿島アントラーズには現在の観客動員数以上の需要がある。

ファンの単純数はプロ野球チームに及ばないにせよ、一人一人のサポートの意志は深く根強く、侮れないです。
鹿島アントラーズが勝てないと、つまらない、面白くない、いけすかない。

勝ってスカッとウキウキした気分を留めるためにブログ書いているのに、その本来の目的を果たせないのは全くもって残念なことだ。

それでも根っからのアントラーズ好き(好きという表現でもしっくり来ないくらいのものだけど。生活パターンに入り込んでいる)のおかげで、とりあえず基本毎日更新してしまう。

ほとんど何も考えずやってることなので、負けて書く気がなくても、暇があれば無意識的に更新されていく。ダラダラ一言書かないと気が済まないのだ。

そんな2012シーズン序盤。

しかし、思い返せば、このブログを始めた2009シーズンよりは格段に書きやすい。

あの年の鹿島は実に難しいチームだった。

二連覇中のクラブが三連覇を目指す段階で、一般的には「絶対的な国内王者」と謳われ、また新しいサポーターもそう信じてやまない時。

だが、その実体、その強さというものは「絶対王者」には程遠く、優勝するにはギリギリの戦力。各自全身全霊の努力によって1点差で勝ちきる、それを継続することによって勝ち点を積み上げるという類のもの。

リーグ戦五連敗という、今シーズンでも難しいようなことをスコッとやってのけたし、試合内容的にもピークを過ぎ去っていることは否定できなかった。

そうは言っても、人は内容より結果を見るもの。

高評価クラブへの率直な感想(ピークは過ぎているということ、強さを失いつつあること)を多人数に向けて書くのは、その頃はスポナビブログで一日一~二万のアクセスがあったし、無粋な気もした。

今は、それに比べれば全然、楽。

鹿島アントラーズへの期待というものは、よくも悪くも等身大で、評価は適当なところに落ち着いている。

もちろん、今だっていい選手が揃っている。やはり、大迫、柴崎、山村ほどの年代ナンバー1クラスが三人同時に在籍するクラブは滅多にあるものではない。

それでも、まだ選手も監督も発展途上。

このまま良くなるか、良くならないかは、現在次第。しっかりチームを作ることができれば、それが成功の土台になる。

その土台作りを追って感想を書いていくことは、勝ち試合の喜びを書いていくこととは違った楽しさがあるものなのだ。
久しぶりにアントラーズの試合のない週末。

しかし、アントラーズについて語ることは尽きやしない。

「サッカーは何とでも書くことが出来る」から。

クラブには30人前後の選手がいて、監督がいて、スタッフがいる。

サポーターがいて、担当ジャーナリストがいる。

対戦相手クラブにも同じように、たくさんの人々が関わっている。

試合になれば無数の事象が発生する。様々な条件が絡み合い、勝敗が決まる。

選手起用について、コンディションについて、技術戦術について語れるだろう。

試合がなくとも、過去の反省、未来への展望、小ネタなどを絡み合わせれば、いくらでも書くことはある。

そう、何とでも言えるのだ。

好きなクラブをどこまでも高評価することだって可能。

「負けたのは運が悪かっただけ」「ジャッジが悪かっただけ」と持っていって、

レフェリーの犯したミスジャッジを一つ二つ指摘すればいい。

好きな監督をどこまでも高評価することだって可能。

「負けたのは選手のせい」「クラブの補強不足のせい」と持っていって、

選手のミスをいくつか具体的に挙げたり、他クラブの外国人選手の活躍を紹介すればいい。

好きな選手をどこまでも高評価することだって可能。

「負けたのは監督のせい」「好きな選手以外の他の味方選手のせい」と持っていって、

監督の采配ミスを批判したり、他DFの失点につながるミス、他FWのノーゴールにつながるミスを探して並べ立ててればいい。

そう、何とでも言えてしまう。

サッカーという競技は。

相撲のような一対一競技なら力士本人の責任になるけれど、サッカーは何とでも言いやすく、言われやすい。

だから、胆に銘じておくことがある。

「試合をせずに口出ししているだけの人間が最強」だと。

「サッカーの議論はなるべく顔を合わせてすべし。匿名での主張や議論に大した価値はない」のだと。

自分の主張に有利な材料を好きなだけ集められるのがサッカーだからだ。

理屈が通っているように自分では思えても、実戦では通じないことがある。そういうことの方が多い。

現場での観察力、調整力、コミュニケーション力が大きなカギとなる。

だから、逆に、そのことを知ってサッカーブログを書いていれば、他ブログとの差を付けられる。

無責任さや傲慢さが、ちょっとだけ軽減出来るからだ。

代わりに説得力や読みやすさが増し、読者の読みたい気持ちに繋がっていく。

サッカーブログは何とでも書ける。いくらでも書ける。

だが、いくらでも書けるということは、どこまでも暴走しやすい。

ブレーキを持てるか、持てないかだと思う。
継続は力なりとは子供の頃に教わったけれど、物事には良い面もあれば悪い面もある。

サッカーブログも長く続けていると、どんどん書き方がエラそうになってきてしまうのが厄介。

私自身、「エラソーに書きやがって。お前は監督よりエラいのか?」「選手より下手糞なクセに生意気だぞ」と自問自答の日々を送っている。

しかし、「傲慢」になるのが嫌だからって「謙虚」というのも難しい。

「謙虚」も度が過ぎれば、「卑屈」であるとか「無個性」「非正直」になってしまう。

傲慢はイカン、謙虚も過ぎればイカン。

だから、ある程度、自分のスタンスの基準を設けておく。

大体、これくらいってところで思い出すのが、吉野弘さんの『祝婚歌』(※著作権についてはリンク先参照。吉野さんに感謝)。

元は、結婚する二人に吉野さんが送ったメッセージだが、あらゆる人間関係の真髄を突いている詩だ。

祝婚歌

二人が睦まじくいるためには

愚かでいるほうがいい

立派すぎないほうがいい

立派すぎることは

長持ちしないことだと気付いているほうがいい

完璧をめざさないほうがいい

完璧なんて不自然なことだと

うそぶいているほうがいい

二人のうちどちらかが

ふざけているほうがいい

ずっこけているほうがいい

互いに非難することがあっても

非難できる資格が自分にあったかどうか

あとで疑わしくなるほうがいい

正しいことを言うときは

少しひかえめにするほうがいい

正しいことを言うときは

相手を傷つけやすいものだと

気付いているほうがいい

立派でありたいとか

正しくありたいとかいう

無理な緊張には

色目を使わず

ゆったり ゆたかに

光を浴びているほうがいい

健康で 風に吹かれながら

生きていることのなつかしさに

ふと胸が熱くなる

そんな日があってもいい

そして

なぜ胸が熱くなるのか

黙っていても

二人にはわかるのであってほしい


・吉野弘詩集 吉野弘著 ハルキ文庫
・二人が睦まじくいるためには 吉野弘著 童話屋

サッカー雑誌やwebでは、ここしばらくの傾向として「辛口論評」であるとか「辛口評論家」が流行らなくなってきている。

これは如実に表れてきていて、最近の論評を見ていても、辛口をウリとしているセルジオ氏や杉山氏たちサッカー評論家の皆さんからは苛立ちを感じられるところ。

日本サッカー界の未来どころか、このままではご自身の仕事も危ういのかも知れない。

彼ら辛口評論家の立場からすれば「辛口が受け入れられなくなってきたのはファンの質が落ちている、日本サッカー界の質が落ちている」ということかもしれない。

ただ、そのあたり私は見方が違っていて、一言で言うと「読む側に飽きられた」ということかと思う。

辛口側からすれば「飽きるなんて、飽きる側が悪い!」「なんて質の低いサッカーファンだ!」となるかも知れないが、つまり、それだ。

辛口評論家に共通しているのは、上から目線なのである。

彼らには「日本サッカー界の為」という大義名分があるわけだが、それを振りかざすのが余計なのだ。「人の為」が「偽」という漢字になるように、そこには独りよがり、ありがた迷惑の面がある。

サッカーファンになったばかりの時期ならば、読者も「ウンウン、なるほど、鋭い提言だなぁ」と納得しながら聞くものだが、すでにJリーグ開幕後、16年も経過している。

そして、ファン層の核となっている人々は当時から、ほとんど変わっていない。

16年もあれば、人が成長するのには十分な時間である。

今や熱心なサッカーファンたちは、それぞれに見識を持ち、それぞれに日本サッカーの問題点を感じている。言われるまでもなく、ほとんどのことを分かっている(あるいは、分かっていると自信がある)と考えるのが妥当だろう。

「今更アンタに言われなくとも…」ということを、さも立派そうに言われたところでウンザリしてしまう。それが続くと「またかよ…」となって読まれなくなる。

生まれついての辛口好き読者ならば、いつまでも読者でいてくれるだろうが、大多数の読者は、いつも同じ味付けでは、さすがに飽きる。

「辛口評論家」の皆さんは、いつも同じような味付けになってしまっていることに気付いていないのだ。

「辛口なものを」「日本サッカー界の為になるものを」と、ブレない目標を持つことは悪くないが、しかし、そのブレなさが「なんだ、また同じようなことだ」となってしまう。

彼らにはマンネリを打破する工夫が往々にして不足している。

「王道と奇道」の使い分け、「辛口・中辛・甘口」の味付けの変化、読者心理への出入り、文章そのもののリズム、難易度の高低の自在性…。

書き手としては、いくらでも工夫のしどころ、向上のしどころはあるはずなのだが、一本調子の内容だけで勝負し続けていたら数年で飽きられる。

基本的に、読み手の方が成長速度が速く、書き手の方が遅いもので、書き手がどんどん成長したとしても、全部のコラムを読んでくれている読者の方が「読み慣れ」「読み飽き」を起こすのが早い。

ただ、私は「読み慣れ」「読み飽き」は喜ぶべきことだと思っている。

それは「もう、この筆者からは学ぶべきことが少なくなった」「読者が筆者を乗り越えた」と言えることだからだ。

人気があるコラム、人気のあるブログだからと言って、別に一生ファンである必要はない。

「もう、この人の書くことは読むまでもない」というところに至った方が良い。そして、また、今まで読んでいたものより、成長した自分に合ったモノ・本・人に巡り逢えば良い。

ということで、辛口が飽きられてきたこと、それも、また日本サッカー成長の証。

日本の平均的サッカーファン層は「辛口一辺倒」の論者を、もはや必要としなくなってきたのである。
サッカーブログの書き方の続編。「分析・評論系」編「サポーター系」編に続いて、今回は「日記系」編。

「日記系ブログ」とは、要するに、サッカー選手や芸能人が書いているようなブログのやり方になる。ブログサービスでなくとも、mixiなどのSNSサービスが取って代わっている系統だ。

ブログの内容的には「今日は何した」「どこ行った」「誰と会った」とか「ランチは中華だった」「試合に勝った」とか。

決して質を追求する必要はなく、ごく短文でもOK。一日に何回も更新できるようなブログである。

だから、真面目に「分析・評論系」ブログを書いている方からすれば、ちょっと邪道、ズルいブログ系統になるのかもしれない。しかし、「日記系」ブログこそ、ブログというサービスが生まれた時の元々のブログのカタチである。

この系統は、ある程度、自分自身のことを表現したり、さらけ出すことになる。むしろ、それそのもの、自分自身を知ってもらうことが目的にもなる。コメント欄も、有名人ブログでない限り設置されていることが多い。

私などは、mixiがある今、ブログにコメント欄を設置する意義が薄れている、マイナス点も多いと考えているのだが、日記系ブログに関してだけは、極力、置いた方が良いかと思う。

ネット上で交流を広め、仲間を増やす。その中から、現実での出会いにつながることもあるかも知れない。

私は、今の時代、そういったことも必要なのかな、と思う。数十年昔の日本と比べると、今は個の時代が進行している。

「個が大切にされる」ことは良いことだけれども、「独りでいたくない人まで独りになってしまう」ことが良いとは思わないのだ。

シャイな人、人見知りの人の場合は、なかなか、友達を作りたくても、恋人を作りたくても、結婚したくても、うまく行かない社会になっている。

昔は、おっせかいな人が周りにて、お見合いなんてシステムも幅を利かせていたりして、強引に結婚話を進めてくれたものだから、それは、シャイな人にとっては良かった(自由恋愛をしたい人には面倒だったろうが)。

今は、自分で出会いを作らなきゃならないような、なりふり構っていられない時代であり、だから、日記系ブログを通してでも何でもいいから、まず、出会いのチャンスを作るべし!と私は思うのだ。
前回から間が空いてしまったが、サッカーブログの書き方の続編。「分析・評論系」編に続いて今回は「サポーター系」編。

この系統は、当ブログもそうなのだが、最初から特定クラブのサポーターであることを公言する形となる。いわば「サポーターの、サポーターによる、サポーターのためのブログ」である。

特定クラブサポーター限定のブログであるということで、基本的に内向きで、サッカーファン全体向けの内容とはならない…、はずなのだが、昨今、この系統がサッカーブログの主流となっている。

時代の流れ、流行り廃りというものは何事にもあって、サッカーブログの世界も「日本代表の時代」から、「各Jクラブの時代」に変化している。

そのあたり、それが良いとか悪いとかではなく、今はそういった流れというだけである。

ただし、それは日本代表ファンや国内の欧州サッカーファンの実数が減ったということではない。

それ以上に、Jクラブが全国に増えた結果として、Jクラブを応援するサポーターが増加したのだ。

ちょっと昔、Jクラブ数が少なく日本代表の人気が絶大だった頃は、「日本代表」と、代表に選手を供給する「Jクラブ全体」を網羅したブログが注目されたものだった。

しかし、今はクラブ数が増えすぎて、全体を網羅すると、かえって読む側の求める記事が少なくなるという弊害がある。

つまり、例えば、我々鹿島サポとしては鹿島関連の記事を読みたいのであって、他クラブや日本代表の話題ばかりで鹿島の話題が少ないブログには興味が持てない、ということである。

ということで、最初から「当ブログは○○FCを応援するブログです!」と名乗ってしまって、そのクラブ中心に記事を書くということは、検索して探す上でも、実際に読む上でも、親切な作りだということになる。

だから、自分でサポーター系サッカーブログを立ち上げる際には、ブログタイトルからも、ブログ紹介文からも、クラブ愛が伝わるようにしておくことが最重要である。これが一番最初に考えるべきことになる。

それでは、なぜ、読者となる人がサッカーブログを検索するのか?というところから考えたい。

新聞のスポーツ欄やテレビでもスポーツニュースがあるというのに、なぜ素人が書いているブログをわざわざ探すのだろうか?

それは「それだけじゃ、足りない。不満足」だからだ。

テレビ・新聞・大手サイトなどでは、特定のJクラブだけを十分に報道してくれるわけではない。それはそれで楽しむにしても、しかし、それだけじゃ物足りない。

だからパソコンなり携帯なりでブログを探す。

そんな中、ブログの書き手に求められるのは、まず、「ちゃんと試合を観た」ということが伝わる内容であること。

そして、試合内容がサポーターとして満足できるものだったか、そうでなかったか、選手・監督・審判の出来不出来など「スポーツニュースや新聞では書けない自分なりの見方・感想」を書くことである。

その際、サッカー解説者らと同じような試合感想にならなくて良い。クラブ愛を持って試合を観るのと、両チーム偏りなく試合を観るのとでは見え方が違ってくるものだ(もっと言えば、個々のサッカー観によっても試合の見え方は変わる。人によって選手採点が違うのがサッカーになる)。

サポーター系ブログに訪れる人の大多数は、そのクラブが好きなのであろうから、つまり読者が求めているのはクラブ愛を持った試合感想ということである。

公平な試合感想・分析・批評を読みたかったら、その時は他のところに行っているだろう(そういった時には、分析・評論系サッカーブログのニーズが上がる)。

サッカー解説者や分析・評論系サッカーブログが書かないようなことを書くことがサポーター系サッカーブログの生命線になる。

そういうことであるので、ある程度は感情表現をすると良い。

特に「勝って嬉しい」「負けて悔しい」は、クラブ愛を読者と共有するためにも、おろそかにしてはならない。

素晴らしい内容で試合に勝った直後にまで、チーム・選手・監督の課題を重箱の隅をつつくように逐一挙げていくような記事を書くのは得策ではない。

訪問してくれる人は勝った喜びを感じたいから訪問してくれるのだ。それにケチをつけるような真似は、少なくとも私はしない。

「愛するクラブのために常に厳しく書く」のも、それはそうだろう。

ただ、それをやっていると「自分を棚に上げて何を言ってやがる。一人で言ってろ」と思われてしまうのだ。まず、一旦、しっかり喜んだ上で、一、二日置いてから反省点を挙げても遅くない。監督・選手じゃないのだから。

話を戻すと、あとは、それぞれの武器、自分の特徴を出すと良いかと思う。

グルメ好きであればスタジアムグルメネタを絡めたり、マスコット好きであればマスコットネタを、旅好きであれば旅ネタを絡める。

試合レポートや試合分析が得意な方ならば、それで勝負すると良いし、苦手ならば無理に書くことはない。苦手な人が無理に書いた試合レポは読みにくくてかなわない。それならば感想だけでも十分。

ちなみに私の得意分野は心理学とか文化人類学なので、そちらのウェイトを重くして、試合レポートや分析的な度合いをかなり小さくしている。

サッカーブログというより、鹿島アントラーズサポーターとして一つの小さな文化を書いている、そういったスタンスだ。

一言で「サポーター系」と言っても幅が広い。「分析・評論系」に近いサポーター系ブログもあれば、「日記系」に近いサポーター系ブログもある。

ただし「分析・評論系」との違いは、応援クラブを公言するかしないかということで分かれるし、「日記系」との違いとして「応援クラブのことを知って欲しい」のか「自分自身のことを知って欲しい」のかで分かれてくる。

そのあたり、冒頭に戻るが「サポーター系」サッカーブログとは「サポーターの、サポーターによる、サポーターのためのブログ」なのだ。

当然やりがいはあるに決まっている。愛するクラブのことを書くのだから。書いても読み直しても楽しい。

私の場合、自分が鹿島サポとして読みたいブログを書いている。

「愛する鹿島アントラーズの」「無責任に批判をしない」「安心して読める」「良くも悪くも無難な」「少々、毒がある」「記事が長すぎもせず、短すぎもしない」ブログというのが、私の読みたいブログであって、だから常にそうなるように心がけている。

それから、このブログ系統の特徴として、放っておいても読者の最初の食い付きが良いということがある。そのクラブを愛する人がヤフーなりグーグルなりのブログ検索で辿りついてくれるからだ。

とは言え、リピーター確保を志向するならば、当然、内容の充実が求められる。「分析・評論系」のように、とことん質を追求する必要はない(それをサポーター系でやり過ぎると、細分化・オタク化してとっつきにくくなるからだ)が適切な質を保つ努力は必要だ。

逆に、リピーター確保を志向しないのならば、何も気にせず、好きなように書けば良いかと思う。その場合は、自分が読み直して楽しければ、それで十分だ。

個々の武器を発揮していただいて、ぜひ楽しいブログライフを送っていただければと思います。
多くの方の大型連休が終わり、また通常通りの生活に戻る頃かと思う。

連休中に出費し過ぎた方のために、お薦めの趣味がある。

文章を苦にしない方限定になるが、「サッカーブログを書く」ということだ。

いくつかのコツを押さえれば、話題は向こうから来てくれるので更新は難しくない。

また、ブログを書くことによってサッカーをより楽しく観られるようになる。

何回かに分けて、コツと基本を紹介したいと思う。

まず、同じサッカーブログでも、いくつか系統があるので、自分がどの系統に合っているかを最初に見極めると良い。

系統を大まかに分けると、「分析・評論系」「サポーター系(当ブログはこの系統)」「日記系(サッカー以外の自分の話題にも触れるサッカーブログ)」の3系統に分かれる。

若干、外れるものとして、「速報系」があるが、これは大きな系統には入れにくいので除外する。

この中で書き手にも読み手にも一番難解なのが、「分析・評論系」である。

これは、要するに、プロのサッカーライターが書くような記事を個人がブログで書くものだ。特定のクラブを応援することは少なく、公平にクラブ分析・試合分析・サッカー評論をするタイプである。

サッカーへの深い理解・知識・観察眼・また、書く人間の人間性まで問われる。とにかく質が高くないと見向きもされない。

また、書くのに苦労するわりに、読者数確保に苦労する。

一つは、日本のサッカーファンの多くは「深くサッカーを理解することを一番に望んでいるわけではない」から。

そして、もう一つが、記事が長文になりやすいために、(書くのも大変で)更新頻度が落ちやすいことと、読み手にも(読むのが大変で)敬遠されやすいからだ。

ニーズが少ないこと、書き手を選ぶことがあり、この系統で質高く継続されているブログは、ごく少ない。私が今回の記事を書くに当たり探した限りは、日本語のものでは3つしか見つからなかった。

それでも、この手のブログは、サッカーファンに深い楽しみ、理解を促すという点において貴重かつ尊い存在であり、それだけに書き手にもやり甲斐がある。

最初のアクセス数の伸び悩みをどう乗り切るかという問題はあるものの、それを乗り越えるだけの忍耐力と実力があれば継続できると思う。

あとは、いくつかのタブーを犯さないことだ。

タブーと言っても、もちろん匿名でやるブログなので、タブーを犯してもペナルティがあるわけではない。

ただ、これをやってしまうと、(ごく一部の読者以外には)二度と読んでもらえなくなることは間違いない。くれぐれも注意した上で、ブログを立ち上げていただきたい。

「分析・評論系」ブログの一番のタブー、それは、「書き手である自分が優れている、日本サッカー界に教えてあげる、そういった傲慢が(わずかでも)表に出てしまう」ということだ。

これは、具体的には「日本のサッカーファンは欧州レベルに到達していない」とか「Jリーグは欧州主要リーグよりレベルが低くて見ていられない」とブログに書いてしまう、そういうことである。

また、タラレバも避けた方が良い。

例えば、「自分がこの選手を使えと書いたのに、そうしなかったから負けた」とか「自分が書いた通りの強化をしたからクラブが優勝した」というのは、他系統ブログなら、ある程度は許容されるが、筆者がそれなりの大人であることを求められる「分析・評論系」ブログでは、ほどほどにしておかないとマイナス印象になる。

自分の考え方を述べる時、それには上手く文章を組み立てて丁寧に順序よく説明しなければならない。だから、この系統のブログは長文にならざるを得ないのだが、それで正しい。

それを間違っても、「欧州クラブはこうしているから」「自分は欧州サッカーを年間○○試合観るサッカーファンで、その自分がそう考えているから」という根拠で記事を書いてはならない。それでは丁寧さと親切さだけでなく、肝心の理論を欠く。

欧州サッカーオタクや戦術オタクの方ならば、うっかりやってしまいそうなことだが、万が一、これをやると「何様のつもり?」となる。

もし、一度でも、それを記事に書いてしまうと、もう、そのブログが信頼を取り戻すことはできない。ごく少数の戦術オタク以外には、二度と読んでもらえなくなる。

前述したが、「分析・評論系」ブログは筆者の人間性が最も問われるブログ系統なのである。

「なんだ、そんな小さな人間なのか…」と読者に思われた時点で、アウトだ。逆に、「ああ、あの人が書いているのならば、本当なのかもな…」と思わせたら勝ちである。

そのために文章が上手いことは絶対条件で、内容の濃さと質の高さも求められる。しかも、それが並のブログと比べても勝っている必要がある。

「いや、他ブログと比べてもらうために書いているんじゃないんだ」という言い訳は通用しない。なぜなら、ニーズが少ない系統ということは、少なくとも、ネットで見つかる範囲でトップ3に入るくらいのレベルでなければ、ほとんど読んでもらえない可能性が高いのだ。

読んでもらえないのならば公開する意義が薄い。

また、少数のファンに深く長く支持されるためには、筆者の人間性が魅力的であること、それに加えて、これが一番難しいことだが、それなりの更新頻度を維持することも大切だ。

なかなかしんどい条件を書き連ねたが、それだけに最もやり甲斐のあるサッカーブログ系統であることは間違いない。

私自身も、こういったブログは大好きで、だからこそ、そのようなサッカーブログが、今後、増えてくれたら嬉しく思う。

サッカーを愛する、時間に余裕のある大人の方は、ぜひ。